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2005年3月生まれのこぐまクン・2007年7月生まれのチビくまチャン・軽く天然なパパ・時々キレるママの4人家族。ごく一部、閲覧制限させていただいてます。 ('(ェ)'*)♪
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by こぐまママ |
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私が突然いなくなったワケ |
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6月11日、月曜日。
28週と6日。
あと一ヶ月で産休に入る予定だった。
その日は朝からお腹が張っていた。
後期に入れば、お腹も張りやすくなるかなと、それほど重大には考えていなかった。
体調が悪いなんて自覚はない。
そういえば、一昨日出血したけれど(一応、かかりつけのクリニックに相談・・・出血が続いたり、張るようなら再度連絡するようにと言われた)、
昨日は一日安静に過ごして出血は止まったし、
今日も出血はしていない。
でも、なんか気になるなぁ。
午前中は立ち仕事だけど、極力座るようにしていた。
定期的に張るっていうより、張りっぱなし・・・・
そうだ、明日の火曜日は婦人科の先生の診察日だから、仕事の合間をみて診てもらおうか。
(ちなみに私は病院勤務。総合病院だけど、婦人科は常勤の医師はいない。)
良い考えだと思った。
今、17時。もうすぐ、勤務時間が終わる。なんとか一日乗り越えたぞ。
なんてったって、私の部署は私の代わりのスタッフがいない。
休むわけにはいかないのだ。
しかし、赤ちゃんのことだからやっぱり心配。
助産師である副看護部長にちょっと相談してみた。
「その時期でお腹が張るのは異常だよ。今日、これから診察を受けなさい。
28週では、お腹の子はまだ肺の機能ができあがっていないんだから・・・
一生後悔することになるよ!」
・・・えっ?
そんなにおおごと?
「でも、痛みもないですし・・・」
「痛くなったらおしまいだよ!」
完全予約制だから、これから診てもらえるかクリニックに電話してみる。
「○○さんですね。ちょっとお待ちください。
・・・・・
入院の用意をして、すぐに来てください。」
「は?入院?
えっと・・・今、職場なので、一旦家に戻ってからになるんですけど・・・」
「では、そのままでいいので来て下さい。」
何?なに?なんなの・・・?
課長に、その旨を伝えて、少し早めに仕事を終え、クリニックへ向かった。
もちろん、自分の運転で。
まだ、その時点でも、張り止めの薬をもらって帰るんだと、それくらいにしか考えていなかった。
むしろ、こんな風に慌てて受診して、何も異常がなければ恥ずかしいな・・・なんて思っていた。
月曜日の午後は休診だった。
インターフォンでスタッフの方を呼ぶ。
『これで異常なければ、本当に申し訳ないな・・・』
こぐまもこのクリニックで出産したので(緊急の帝王切開になったが)、
担当の助産師さんが私を覚えていてくれ、診察介助にはいつも付かないのに、
もう一人の看護師のMさん(実はこの方とは以前一緒に働いていた)と出迎えてくれた。
二人ともとても親切で、私を心配してくれた。
先生方に、経緯を説明。
まずは、お腹からのエコー。
「赤ちゃん元気ですね」
・・・ほっ。何事もないかな?みなさま申し訳ない。
次に内診台に上がり、膣からのエコー。
・・・・あれ・・・?
カーテンの向こうの雰囲気が・・・なんか・・・変わった?
話声は聞こえないんだけど、何か話しているような・・・
診察室に戻り、先生の説明を聞く。
先生が、何と話し始めたのか、もう記憶にないけれど、何か悪いことなんだということは雰囲気で分かった。
いつも丁寧に説明してくれる先生。なのに・・・
どんな内容だったか、思い出せない。・・・というか、次の言葉を聞いてから、先生の声がとても遠くになってしまったのだ。
「子宮口が開きかけています。」
恐怖で涙があふれた。肩が震える。嗚咽がもれる。
助産師さんが肩を抱いてくれた・・・・・・
切迫早産。
子宮口が開きかけている。
一人目は帝王切開だったが、実は子宮口が全開大までいっているので、
始まったら経産婦さんと同じように進行が早いと思われる。
早産とならないように点滴が必要。
また、早い時期に産まれた場合、赤ちゃんの管理ができないので、新生児医療の設備の整った病院に入院する必要がある。
そんな内容だった。
先生が、受け入れ先の病院への紹介状を書いて下さっている間に、ちょっと落ち着いてきた。
転院先の病院へ乗せて行ってもらうために、実家の両親を呼んだ。
「Mさん・・・私、産むまで入院ってこと?」
「うん、そうだよ」
こうして、私の7週間に及んだ入院生活が始まった。
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