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初めての出産と育児。そんな中、乳腺炎になり、悪化・切開。母乳育児再開奮闘記(!?)CROWN JEWEL別館ブログ
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2006年2月25日女の子出産。現在母乳育児を再開するために頑張っています。
by ゆめ@ママ
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母乳育児再開大作戦
  | 母乳・授乳 | 2006-06-11 07:16 |

~母乳を再開して良いと言われた後の日記(本館ブログ)より~

母乳育児再開大作戦。
『大作戦』って言うほど大袈裟なものじゃないけど……。

乳腺炎を悪化させてしまい切開したおっぱい……。
当然、傷のある間は母乳禁止だったわけで。
しかも母乳が出たままだと傷の治りが遅いって事で、母乳を止める薬まで飲んだので、現在一滴も出ない……。
でも傷も治って母乳OKのお許しが出たので、頑張って母乳育児を再開したい。

『再開する』と言っても肝心の母乳が出なければ仕様がないのだけど……。

哺乳瓶でミルクを飲む事に慣れてしまった赤ちゃんは、なかなかおっぱいを吸わなくなってしまうらしい。
哺乳瓶の乳首は楽にミルクが出てくるけど、おっぱいは一生懸命吸わないとお乳が出てこないので疲れてしまうから。

娘は生まれてからほとんどミルクで育ってきた。
病院にいる間こそ完全母乳だったけど、家に帰って来てからは混合。私がおっぱいを切開した1ヶ月からは完全ミルク。

しかも今、私のおっぱいは母乳が一滴も出てこない……。(頑張ればじわぁ~っと滲んでくる程度)

なので、母乳再開はかなり厳しいかもしれない。

一応助産婦さんにおっぱいを診てもらったら『完全に止まってるわけじゃないみたい』と言われたので頑張ってみようと思う。

で、さっそくチャレンジ。
まずミルクをあげる前に、試しにおっぱいを含ませてみようとしたが。

失敗。

完全に拒否されてしまう(T△T)

……まぁ、お腹がすいてる時には絶対無理だろうとは思ってたけど。

という事で、ミルクをあげて1時間ほど経った後に再びチャレンジ。

乳首を口に含んでくれた!!

口に含んだだけで、吸ってはくれなかったけど。
多分、娘にとってはおしゃぶりと同じ感覚なんだろう……。
とりあえず、一歩前進。

……でも、おっぱいを口に含みながら、すやすや眠ってしまった娘を見て、おしゃぶり替わりのおっぱいでもいいや、って思った。
母乳に拘る必要はないよね。ミルクでも娘は元気に育ってるし。
勿論また母乳が出たら嬉しいけど。

私の出ないおっぱいでも、娘の精神安定剤(?)位にはなるかも。
それにおっぱいをくわえながら眠っている娘を見て、かなり私自身が癒された感じ。←これが一番デカイかも。
しばらくは娘とのコミュニケーションとして、おっぱいを吸わせてみよう。
吸わせているうちに母乳が出てくるかもしれないし。

焦らず、のんびり、ゆったり続けていこうっと。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(0) |
乳腺炎・切開 その3
  | 母乳・授乳 | 2006-06-11 07:06 |

どうしようもない事だとは理解していても、母乳を止める薬を飲んだ事を後悔ばかりしていた。
『飲まずに捨ててしまえばよかった』
何度そう思ったか分からない……。
終いには薬を処方したお医者さんにも腹を立てたりもした。

薬を飲んだからといって、すぐに母乳が止まったわけではなかった。

『傷の具合も良くなってきているし、このまま母乳が止まらなければ、完治した時にすぐに母乳育児に戻せる!!』

でもそんな僅かな期待は、徐々に出が悪くなっていく母乳を見る度に消えていった。

結局傷の完治には1ヶ月かかり、1ヶ月以上娘に吸わせる事のなかったおっぱいは、薬の影響もあり止まってしまった。
一滴も出なくなったおっぱい……。そして胸に残った切開の傷痕。
自分のおっぱいを見るのが辛かった。

最後の通院の日。
母乳、また出るようになるかな?
娘にまたおっぱいあげられるかな?
母乳再開を希望する私にお医者さんは言った。

『もし母乳を再開出来なければ、次の子(今のところ予定はないけど)が生まれた時、切開した側のおっぱいは母乳は出ないでしょう』

どんなに母乳育児を望んでも、叶える事は出来なくなるの……?
……切開した左のおっぱいが出ないようなら、このおっぱいはもう使い物にならないという事……?
確かに、左のおっぱいの乳頭部分はガチガチに硬くなっていて、とてもじゃないけど赤ちゃんが咥えられるような乳首ではなかった。
このおっぱいを復活させる事なんて出来るんだろうか……?

助産婦さんにもおっぱいを診てもらった。

『完全に止まってしまったわけではないみたいよ』
『本当ですか!?』

助産婦さんに少しマッサージしてもらったら、右のおっぱいは僅かに母乳が滲んできた。
一滴にも満たない、本当に僅かな量だったけど嬉しかった。
まだ望みはあるんだ!!

助産婦さんに診てもらって希望が持てた。
傷も完治し、あとは母乳再開だけ。
出来る事は何でも試してみよう。

この日から、母乳育児再開に向けての挑戦が始まったのだった。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(0) |
乳腺炎・切開 その2
  | 母乳・授乳 | 2006-05-25 17:10 |

切開したその夜。
自分で傷の消毒をするためにガーゼを取り外した。

この傷塞がるのかな?

そう不安になる位、胸にはボコッと直径3cmくらいの穴が開いていた。
その穴の中にはガーゼが詰め込まれている。
でも詰め込まれているガーゼでは全然吸い取りきれず、化膿した乳汁がだらだらと出ている。

自分でもおぞましくて目を背けたくなる。

ダンナが心配して声を掛けてくれる。
『どう?傷の具合?』
『見ないでっ!!』

自分でもこんなにおぞましく感じる物を、ダンナには絶対見せたくなかった。
(ダンナは、その時は察してくれて私を一人にしてくれたが、数日後、少し傷の具合が落ち着いてきた頃、傷の消毒をしている私の後ろからこっそり見て(;^_^A『ホラー映画の特殊メイクみたいだなぁ』と言っていた。言いえて妙……とはこの事か?)

傷穴に詰め込まれていたガーゼを恐る恐る外す。(お医者さんには取れないようなら外さなくても良いと言われていたが、半分取れかかっていた(泣))
手が震える。

完全に傷があらわになる。
気持ちが悪い……。

ゆっくりと、あまり刺激がないように消毒液(イソジン)をつける。
でも傷に沁みて全身が縮み上がる。
ようやく消毒を終えて新しいガーゼを貼るまでに、30分もかかってしまった。

いつまでこんな事が続くんだろう……。

乳腺炎自体の痛みは、もう無くなっていたものの、今度は傷の痛みで娘を抱っこするのが辛かった。

早く思いっきり抱っこしてあげられる日が来るといいのに。
この日から母乳禁止令が出ていたので、娘は相変わらずミルク。


次の日から通院が始まった。
処置自体は10分もかからず、さっと済むのだけど、傷穴に消毒液を染み込ませたガーゼをぐりぐりと押し付けられるので、消毒の痛みが半端ではない。
毎回処置後には涙目になっていた。
抗生物質の点滴は1週間ほど続いた。


通院し始めて10日ほど経った頃には、徐々に傷が塞がってきたようで、傷の痛みも無くなってきていた。
でもまだ膿+乳汁は傷から出ている。
いつも通り、消毒してガーゼを取り替える。

そして言われた言葉……。

『母乳が出たままだから傷の治りが遅いな。母乳を止める薬を処方しましょう』

は!?
母乳を止める?

頭が真っ白になった……。

『あの、その薬を飲んで、傷が治った後は、また母乳再開出来るんでしょうか?』
『う~~~ん。一度止めちゃったら難しいかもしれないね。でも仕方ないんじゃない?』

……仕方ないって……。
私にとってはそんな言葉で割り切れるものじゃなかった。

とりあえず、処方された薬を貰って帰る。

小さな白い錠剤が4つ。
こんな小さな粒が母乳を止めてしまうんだ……。

飲みたくない……。

ダンナが仕事から帰ってきた。

『母乳を止める薬を処方された……』
話してるうちに涙が出てきた。
薬を飲んでしまったらお終いのような気がしていた。

『あんなに痛い思いしても、やっぱりおっぱいで育てたいって思うんだ?』
『……うん』
『う~~~ん。そこら辺の気持ちはよく分かんないなぁ……。でもさ、今は傷を治すのが一番じゃない?』

……何も言えなかった。
傷を治すのが先だっていうのは私自身よく分かっていた。私の調子が悪かったり、傷の治りが遅くなったりしたら、とばっちりを受けるのは娘の方なんだ。
でも心が付いて行かなかった……。

ホントは捨ててしまいたかったけど。
その夜、夕食後、薬を手に取って、4錠一気に口に流し込んだ。

悲しかった。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(2) |
乳腺炎・切開 その1
  | 母乳・授乳 | 2006-05-25 17:07 |

外科へと回された時点で、すでに「切開しなくてはいけない」という事は聞かされていたので、頭の中は恐怖でいっぱいになっていた。

どれくらい切るんだろう。
痛いんだろうか?……やっぱり痛いよね。
麻酔とかもするのかな?

色々考えて、恐怖感だけが増していく。

体温を計ると37度だった。
あれ?下がってる。
ココ2~3日、ずっと39度あったのに。
どうやら膿が出たことによって熱が下がったらしい。

この頃には、頭痛もだるさも、ピーク時に比べると良くなっていた。

しばらく待たされてから、外科の処置室に通され、ベッドに寝かされる。
お医者さんに傷を見てもらう。
「ふむふむ」という感じで傷の具合を確認した後、『じゃあ切るからね』

えっ!?
そんな早速!?
まだ心の準備が……。

ドキンドキンドキン……。

看護婦さんが胸の周りに大量のガーゼを置く。
目隠しをされる。
動かないように私の体をぎゅっと押さえ込む。

『キョクマ』

キョクマ……局部麻酔???
こわいこわいこわい。

目隠しはされていたけど、恐怖でずっと目をぎゅぅっと瞑っていた。

胸に痛み。
麻酔の針を刺されたようだ。
元々の傷の痛みと針の痛みで「うっ」っと声が出る。

『メス』

!?
やだっ!!!!!!
こわいよ~!!
今まで手術などの経験が一度もない私。
『メス』という言葉が聞こえた瞬間、とてつもない恐怖が襲ってきた。

息が荒くなる。

看護婦さんがそれに気付いて、耳元で声を掛けてくれる。
『ゆっくり深呼吸しましょうね』
手を握ってくれる。
ただもう怖くて怖くて、その手を強く握っている私。

と、どろっとした感覚が胸にあった。

『!?』

なに?何これ???
血? (実際は膿だったみたい)

完全にパニック。

呼吸は益々荒くなる。

お医者さんの声。
『ガーゼ!!もっと持ってきて!!』

こわいこわいこわい。
どうなっているの?
何が起こっているの???

『今、切開したからね。これから膿を出すから頑張って』

激痛。

お医者さんが膿を出すために、おっぱいをすごい力で揉む。

痛い痛い痛い!!!!
口を噛み締めていたが、痛みで声が漏れる。
もうやだ!!!!
放して!!放して!!!!
知らず知らず、涙が出てくる。
何とか痛みから逃れようと身をよじらせる。
それを看護婦さんが押さえつける。

しばらくそんな格闘があって、ようやく処置が終わった。
でも上手く息が出来ない。
『深呼吸して。はい、スーハー、スーハー』
看護婦さんが呼吸を促してくれる。

『お碗2~3杯位の膿が出ましたよ』と教えてもらった。
そんなに溜まってたんだ……。

看護婦さんの呼吸に合わせて、ようやく落ち着いてくる。
顔は涙でぐちょぐちょになっていた。
ものすごい疲労感。

その後、抗生物質の点滴を受ける。
これからしばらく、傷の消毒と抗生物質の点滴の為に、通院しなくてはいけない。

とにかくその日は、早く家に帰って娘の顔が見たかった。
娘の事以外、何も考えたくなかった。
娘に会う事だけを考えて、点滴がぽつぽつと落ちていく様子をずっと眺めていた。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(0) |
乳腺炎 その3
  | 母乳・授乳 | 2006-05-21 16:13 |

『母乳に戻す』と決意したものの、なかなか上手くはいかなかった。

相変わらず娘は、どんなにおっぱいをあげても泣き叫ぶ。

私は私で、おっぱいが服に擦れるだけでも悲鳴を上げるほどの胸の痛みと、肩からずっしりと来るだるさを抱え続けていた。
全身の関節が痛み、横になっても寝返りさえ痛くて打てず、まともに睡眠も取れない状態が毎日続く。
授乳時には、乳首を娘の口に含ませるだけでも、痛みで全身がきゅっと縮む。

そんな思いをして、そこまでしておっぱいをあげているのに。
いつまで経っても娘がおっぱいに満足してくれない事に対して、不安・苛立ち・悲しみ・情けなさ……と色々な思いでパニックに陥っていた。

そして最後には泣き続ける娘を見て、「やっぱり母乳が足りていないのでは……」という不安から抜け出せず、ミルクを足してしまう、という事の繰り返しだった。

そうこうしているうちに、おっぱいの腫れはどんどん酷くなっていった。パンパンになったおっぱいは、そのうち娘が口に含む事も、搾乳する事も出来ないほどに腫れあがっていった。

体のだるさ、痛みから疲れは倍増し、『もうダメだ。病院に行って診てもらおう』と決心したのは、娘と私の1ヶ月健診4日前だった。

『明日病院に行くから』と母に娘をお願いし、翌日の朝8時に約束をした。
明日には乳腺炎の痛みや体のだるさから解放されるだろうという期待を持っていた、……その夜。

娘は一睡もせず、大泣き。

オムツを替えてもミルクをあげても泣き止まない。抱っこをしていれば、泣き疲れてそのうち眠るものの、ベビーベッドに戻すと再び起きて泣き出す……。
私はベビーベッドの側で毛布に包まりながら床に座り込み、娘を抱きながら寝かしつけようと努力した。
5分ほどウトウトしては、落とすんじゃないか、という思いからはっと目覚める、という繰り返し。

全身の痛みと猛烈な睡魔から、抱っこも辛くなってきた夜中の4時頃。
ようやく眠った娘をベビーベッドに下ろした瞬間だった。

うえぇぇぇぇぇん・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。!!

「何で寝ないのっ!?」

思わず口に出してしまった言葉……。
その途端、一気に全身の力が抜けた。

自己嫌悪。

この子は悪くないのに。
言葉もしゃべれず、小さな体で必死に何かを伝えようと泣いているのに。
母親の私がそれを拒否したらこの子はどうしたらいいの?

自分自身への怒りと情けなさと全身の痛み。
もう何が何だか分からなくなっていた。

ごめんね、ごめんね、ごめんね……。

そう呟きながら、泣きながら朝まで娘を抱っこした。


朝の8時。泣きはらした上に一睡も出来ずに赤くなった私の目を見て、母は「病院は明日にして今日はゆっくり眠ったら?お世話は私がするから」と言ってくれた。
睡眠不足でふらふらになっていた私も、とりあえず寝ることが先決だと思い、母に娘を預け、その日は昼過ぎまでゆっくりと眠った。

でも、睡眠不足も原因の一つとされる乳腺炎。
思えばこの時からカウントダウンは始まっていたんだと思う。

そして追い討ちをかけるように、その日の夜、両親と育児について意見の対立があり、大喧嘩してしまう。(この部分は書くと更に長くなるので省略させていただきます(;^_^A)

睡眠不足とストレス。
この二つが完全に引き金になったのだと思う。

翌日、自分の胸を見た私は目を疑った。
しこりのあった部分が大きく化膿。さらにその部分が破れ、化膿した乳汁がドクドクと流れ始めていた。(お食事中の方すみませんm(_ _)m)

傷口にガーゼを当て、慌てて病院に行った私は『乳腺炎悪化』の診断を受け、外科へと回された。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(4) |
乳腺炎 その2
  | 母乳・授乳 | 2006-05-19 16:59 |

何とか育児をこなしていたものの、倦怠感はいつまで経っても消えなかった。

退院から1週間後、娘はすでに母乳とミルクの混合(どちらかというとミルク寄り)になっていた。

母乳は最初与えようと努力していたが、ひどい時は1時間(もしくはそれ以上)咥えっぱなし(放すと泣く)という感じで、娘におっぱいをあげて1日が過ぎるという毎日だった……。
それに加えて、睡眠不足とだるさで、家事などが出来ない状態が続いていた。

おっぱいをあげてもあげても泣きまくる娘を見て、ダンナは『母乳が足りてないんじゃないの?ミルクあげなよ』と事も無げに言った。
ダンナは別に深い意味で言ったわけではなく、ホントに軽い気持ちで言ったのだと分かってはいたけど、『おっぱいが出ていない』という事をずばり言われて悲しかった。
なんだか母親としてダメだと言われたようで悔しかったし、プライドも傷付いたのだと思う。

でも私自身も、娘が、母乳を与え終わってもすぐに泣き出す事で、どうも自分のおっぱいは出が悪いんじゃないか、母乳が足りていないのではないか、と悩んでいたのは事実で、また、1度の授乳で、長時間吸わせているせいで、乳首に傷が出来、私が傷の出来ている乳首を吸われる痛みに段々耐え切れなくなってきた事、もう少し家事にも時間を取りたい、という思いも影響して、ミルクに逃げる事になる。(今考えると後悔……)

そんな経緯で、退院して1週間も経たないうちに、娘はミルク寄りの混合になってしまっていた。

退院して10日ほど経った3月14日。
市の保健婦の自宅訪問があり、娘の体重を計ってもらったところ、体重が増えすぎだと言われる。
1日20gの体重増加でOKなのに、娘は1日60g増えていると言う。

3倍。

「ミルクのあげ過ぎですね。母乳に戻してください」
「でも母乳だと足りないのか、ずっと泣くんです。1時間ずっと咥えているのも普通で……」
「今の時期は赤ちゃんに吸ってもらうことで母乳が作られていきますから。吸わせないと出てきませんし、止まってしまいますよ。それにこの時期の赤ちゃんにとっては、おっぱいしか楽しみがないんです。だから、飲むためのおっぱいだけではなくて、楽しむために吸っている事もあるんですよ。1時間吸っているという事は、楽しんでるんじゃないかな。とにかく欲しがるだけ与えてください」

とりあえず、いきなり母乳だけに戻すのには不安があるだろうと言うことで、徐々にミルクを減らす方向で、最終的には母乳に戻す事を約束し、次に私のおっぱいを診てもらった。
この頃にはすでに、左のおっぱいにはしこりがあり、その部分が赤黒く腫れていた。

「しこりがありますけど、赤ちゃんに吸ってもらう事でなくなりますから、根気よく吸わせてね。それでも腫れが酷くなるようだったら冷やしてくださいね」

そうアドバイスをして保健婦は帰っていった。

このときすで乳腺炎になっているのでは、という思いがあったが、『吸わせていれば良くなる』という保健婦の言葉を信じ、再び母乳に戻すべく気合を入れた。



by ゆめ@ママ | トラックバック(0) | コメント(2) |
乳腺炎 その1
  | 母乳・授乳 | 2006-05-19 12:44 |

おかしい、と思ったのは、退院してわずか3日後の3月6日の事だった。

病院にいる間は全然手がかからなかった娘。
ところが家に帰ってきた途端、四六時中グズりまくり、睡眠不足が重なっていた。

慣れない育児。
もともと何でも自分でやらなくては気が済まない性格の私。知らず知らず自分を追い込んでいたような気がする。

家の中を片付けたいのに、育児とその疲れではかどらず、イライラ。そして睡眠不足。
会陰切開の傷が痛み、右のおっぱいは乳頭が切れて痛み、左のおっぱいは腫れて熱っぽかった。
それにプラスして頭痛、腹痛、腰痛、肩こり、関節痛。全身の倦怠感。
そのうち寒気までしてきた。
体温を計ると39度。

寒気が出てきた時点で、もしかしたら風邪なのかも、と思ったが、後に調べた際に、乳腺炎の症状にまるまる当てはまっていて、『あぁ、あれは乳腺炎だったのか』とその時、ようやく気付いた。

その時はダンナが娘のお世話をしてくれ(ちょうど仕事が休みだった)いつもより多めに睡眠を取れたお陰で、翌日には体温も37.5度まで下がり、だるさはあったものの娘の育児に復帰出来た。

『乳腺炎』などという言葉が全然頭になかった私は、これを単なる育児疲れと片付けるのだが、この時の症状が以後も私を苦しめる事になる。



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