私の住んでいるブリティッシュ・コロンビア州では、私の世代、つまり今の子供たちのお母さんの世代は、算数や数学は“やり方”を教わって、それを解いていた。
たとえば、分数の割り算は、“割る数の分母と分子をひっくり返して、掛け算する”と教えられて、その問題を解いていた。
近年、算数の教育要綱が変わり、“やり方”を教わるのではなく、なぜそうなるか?ということをメインに教わるようになったらしい。
なので、先ほどの分数の割り算も、“なんで割る数の分母と分子をひっくり返すのか?”というのを説明できないといけないらしい。
ということは、問題の答えがあっていても、その問題をどうやって解いたか、説明できないと○はもらえません。
先生たちも新しい教科書で教えているんだけれども、この新しい教科書を書いた人のワークショップに行ったとき、彼は、
“今の子供たちが大きくなったときに就く職業は、いまある職業とちがうものかもしれない。(テクノロジーが進歩したりするので、という意味らしいけど。)そのときに、その職業に対応できる数学力を身につける必要がある。”
といっていたけれど・・・。
いまひとつ納得がいかないんだよね~。
だってさ、たとえば、私たちはライトのつけ方はしってるけど、どうやって電気が通って、ライトがつくのか、っていうことは、知ってなくても生活できるでしょ?
まあ、その昔、学校でちょっとは電気のこととか理科の時間に勉強したけどさ。それを覚えている人なんてあまりいないんじゃない?
でもまあ、新しい教科書の著者の人の言い分もわかるので、じゃあ両方教えればいいじゃん、と思うでしょ?
日本の算数は、“どうやって”という部分と、“やり方”と両方教わるんだそうです。
カナダはどちらかだけ。
なんで?と、私は思うのよ。
この新しい算数を導入する際に、現場の先生たちからある程度反発があったらしい。その理由のひとつに、この“どうやって”という算数を教えると、算数の時間を1日に45分とらないといけない、そんなのできない、といわれたらしい・・・。
算数を教える先生たちも、新しい算数の導入により、トレーニングを受けたらしいけど、算数の得意・不得意があるから、不得意な先生だと、先生自身も理解してないんだろうから、うまく教えられるわけがない。
それに、答えがあっていても、説明できないと丸をもらえないので、たとえばアジアからの転校生で、算数がすごくできても、英語ができなくて説明できないと、Aはもらえない。
なんかおかしくない?
私の友人(日本人)は、ESL(英語が第2ヶ国語の人たち)を排除しているみたいだよね~、といっていた。
そうね、そういう考え方もできるわね。ちなみに新しい算数の著書は白人でしたけど。
でも、言葉で説明しなくても、式で書き表せばいいらしいんだけどね。
でも、その式を、先生が理解できなければ、丸はもらえない。でもその先生が算数が苦手だと、式が読めない・・・。
そんなわけで、私はこの“新しい算数”には、不安を感じざるをえないんです。
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