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坊主四重奏(始終騒?)
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4坊主の父ちゃんです。たまに私の子育てマインドを「しつけ・教育」カテに綴ったり、工作モノなど手作りカテに載っけてたりしますが、基本的に日記みたいな雑記。
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長男、次男、三男、四男の坊主そろい踏み。 家族6人楽しく暮らしてます(^^)。
坊主達にはナイショで書いてるブログなので、坊主達には秘密にしといて下さいね(^^;
by 香里山父ちゃん
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前の10件  
「子育てのコツ」って幾つもあるでしょうね
  | しつけ・教育 | 2016-07-22 10:06 |

子供の好意や成功に対して、親が好意で報いる。それを我が家なりの「かわいく」育てるコツとして、これまでやってきています。
その根っこの部分には「好き(Like)」という感情がありますから、坊主達にも家族や誰かを好ましく思うとか、好かれていたいと思う気持ちが自然と育っていて、学校の懇談などでも先生から「面倒見が良い」など毎回言われてますね。

そういう家族なりの「子育てのコツ」ってものは無数にあって、それが家族や子供の個性に反映されていくものだと思いますが、今と将来をつなぐコツを知っているか否かでは、親の余裕度にも違いが出てくると思います。
どんどん実践にとりいれやすい2歳前後の時期を、情報を知らないままみすみす過がしてしまう親は結構多いと思います。わりと積極的に動かないと、教わる機会ってのはまず無いですし。

2歳を過ぎた子供は周囲からどんどん吸収して個性を獲得していくもので、自我が出て矯正が困難になる幼稚園年齢くらいから「言うこと聞いてくれない」とか、「(親の)理想と違う」とか、「パートナーの理解が無い」なんて嘆く羽目になることもある。童話のアリとキリギリスみたいなもので、早くから意識して行動すれば日常的な事で将来に備えることができますが、冬になって事態が表面化してからキリギリスに助言を求められても、アリとキリギリスでは基本的に食べ物が違ったりでアリの立場から助力のしようもなかったり。

子育てを考えるなら親となる人を育てなきゃならないわけですが、そういった「親力を育てる」って部分が子育て政策にほとんど出てこないのが不満です。政治家のセンセイたちは子供を見る余裕があまり無いんでしょうかねー(^^;
「金」の問題じゃなく「生き方」の問題としてとらえれば、切り口はいろいろあるんじゃないかと思うんですが。



by 香里山父ちゃん | トラックバック(0) | コメント(0) |
以前、「小学生の息子が宿題をなかなかしてくれない」って相談投稿がありました 1/2
  | しつけ・教育 | 2016-07-13 10:03 |

男の子の場合、使命感か危機感を抱かないとやる気になリにくいように思います(我が家には坊主しかいないので、姫のケースは知らない(^^;) 特に自立の節目である(と私が思っている)3の倍数の年齢では、本人は自分のやり方でやっているつもりなので、横からあれこれ言われるのをかなり嫌います。「この後でやるつもりだったのに、言われてやる気なくした」って気になりやすいんですね。あまりとやかく言わない方がマシです。

「宿題してくれない」については、割合に多くの親をイライラさせてくれる問題ですが、これは幼稚園前から何時から何分間は机に向かう、何時には寝るというリズムを決めて、特別な事情以外に「例外」は認めないって生活をしていれば、とりあえず避けることができる可能性は高いと思います。これまでにも似たようなことをよく書いてますが、1~3歳のうちにどれだけ生活リズムの基礎を作れるかがポイントですね。この時期に寝転がってテレビやゲームに興る事に慣れていたら、幼稚園・小学校と進んで勉強が必要になっても、「机に向かう」ってこと自体がもう面倒くさく感じるってのは当然だと思います。
小学校での学習時間を「拘束時間」と思わずに済むようにするためにも、机に向かう習慣は早くにつけておいた方がいいと思います。せめて遊びでも積み木やブロック遊び、折り紙、ままごと遊びといった、「想像性と指先の両方を使う遊び」に集中してくれれば、あとで同じく脳の創造分野を使う勉強方面にシフトするのは、難しくはなさそうです。だから、1~3歳の子供が集中して創造遊びに興じているときは極力、区切りがつくまで邪魔しない方が将来の学力につながってくるのではないかと思います。

子供が何かを楽しむとき、エンドルフィンやドーパミン、アドレナリンといった脳内物質(ホルモン)が分泌されていると思います。これら物質は、運動している時なら体幹分野を、「頭を使う」活動なら思考・創造分野をといった具合に、その時に活性化している脳の働きをサポート・強化する働きがあるものです。つまり、集中して活動すれば、その分野を司る脳がパワーアップしていくことに繋がるでしょう。

たとえ新たな挑戦であっても、それが「当たり前」と馴染めるようにあらかじめ下地を作っていれば、子供はすぐに馴染んでくれます。
幼稚園までに絵本の読み聞かせやお絵かき、折り紙といった「机に向かう」時間を生活リズムの中に作ってあれば、学習年齢になったらその時間を宿題なり勉強の時間に変えることは比較的容易です。読み聞かせが音読になり、お絵かきが計算ドリルになり、折り紙が書き取りになるだけ。リズムの変化に慣れるまで1~2週間傍らで手伝ってやるのもいいでしょうが、基本的に「する事」を時間通りにできたら褒めるだけで、子供は自分で変わっていけるはずです。
だからある意味、宿題しているのを見守るのは、読み聞かせをしてやってきたのと似たようなもの。子育てに関して言えば、幼いうちから子供の生活を見守り導くことができる分、共働きよりも専業主婦(主夫)でいる方が、はるかに有利と思います。

 つづく



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ダメ、を教える。
  | しつけ・教育 | 2016-04-18 15:08 |

先週は子育てがらみで連投しましたが、ついでにもっと小さい頃のしつけについて1つ書いておきます。
子育ての第一義は子供に栄養を与える事で、次点は幸福感を与える事。私はそれに次いで重要な事が、『ダメ』のしつけにあると思っています。

野生動物は仔が生まれると餌/乳を与え、排せつ物の世話や毛づくろいなど清潔を保つスキンシップをしながら仔を守ります。そしてその次には生き残るために必要な『ダメ』を教えるんですね。「勝手に巣を離れちゃダメ」なんてヤツです。
親が発する警戒音を聞いた仔は即座に退避行動を取り、それができない仔は淘汰されていく。つまり自然の摂理として、『ダメ』を認識できない仔は無事に成長できない可能性が高くなる。幼いうちに『ダメ』を教えることはそれほど重要なんです。

だから『ダメ』を教え導くのは嬰児のうちから。遅くても物心つくまでに表情と声音だけで『ダメ』が通じるようにしておきたいもの。というのは、それ以降はこのしつけには至って不向きなイヤイヤ期に突入するためです。

この頃のしつけは基本的にリアルタイムでなければいけません。嬰児には「今」しかないわけで、後になって本人の記憶にない事で責められても混乱するばかりですから。
また、笑いながら「ダメだよ~」なんてのは言葉の意味も知らぬ嬰児には遊びの延長にすぎず、『ダメ』という意味が全く伝わりません。「普通と違う音」「いつもと違う顔」だからこそ嬰児でも意識が向いて「NG」と認識してくれるのです。

「まだ小さいんだし、良いじゃないか」って言葉を聞くこともありますが、幼いことを理由に免除されるようなことは、ここで言っている『ダメ』な事とは違います。
本人に危害が及ぶ事、他人に危害が及ぶ事、周囲にとって危険な事。この3つが嬰児のうちから教える必要がある『ダメ』です。この3要件のいずれかに該当するものは、大人として子供に「してはならない事」としてしっかり認識させる責任があると言っていい。他人の子であっても遠慮すべきではないと思います。
理由が理解できるようになるのは、多くの言葉を理解できるようになる3歳前後からですが、『ダメ』が特別注意を払うべきことであるという認識に至っておれば、あとのしつけはかなり楽になります。

もちろん、最終的な「ダメのしつけ」とは子供の中にボーダーラインを定義づけることであり、「何がダメ」ではなく「何々の理由でダメ」という『判断基準』を正しく理解させることです。つまり親と子で価値観を共有するということ。
論理的な事柄ですから、先にあげた3つの『ダメ』とは違い、正しい言葉で順序だって考えられるところまで成長しないとこれはできません。こちらの「ダメのしつけ」を通じては、親も自分の価値観について改めて考える機会になるはずですし、それも親としての成長につながるものと思います。



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プリズム無事届いたし、資料準備しなきゃ。
  | しつけ・教育 | 2016-02-12 20:06 |

来週予定の小学校イベント、参加募集を締め切った時点で私の担当する実験講座への参加予定は26人でした。
26人の内訳をみると、1〜2年生が10人ずつ(^^; 各学年とも前回とほぼ同じ人数構成ですから、恐らく顔ぶれもほぼ同じじゃないかと。

同イベントでの実験演示はこれまで5回やってきましたが、やはり1〜2年生相手の説明では「イメージの視覚化」がキモになります。平均的な1年生を相手に言葉で伝えようとすると、かなり噛みいたつもりでも伝わらないことは結構あるんですよね。相手は算数の授業でもおはじきや数え棒といった補助教材を使い、目と手を動員して考える練習をしている子供達。イメージの基礎になる体験の積み重ねがまだまだ乏しいのです。だからせめて「見える状態」で示してやらないと、正しいイメージが伝わりにくいようです。


これは、子供に諫言や忠告を与える時も同じことが言えます。大人には常識で判ることでも、子供には未知の文化に等しいことなんですね。だから子供を叱る時にも、未達の事実を責めるのではなく、どういう行動をとるべきであったか、それがどういう理由に基づいているか、子供がわかる例を引くなどして「あるべき姿」のイメージを共有しないと、次への応用が効かないためにすぐまた似たような小言を言うハメに陥ってしまいます。
ま、それは子供に限ったことではなく、カップルでも上司部下でも、互いに意図を正しく伝えるためにはイメージを共有するってことを念頭に置いて当たらないとだめなんですけど。


そういう事を考えてみると、学校で習う言葉や知識は「その先の新たな知識」を習得していく上で大切なものなんだって思えます。「なぜ勉強をしなきゃならないのか」って子供の問いに対する答えの一つは、「次の知識を楽に修得するため」かも知れませんね。



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レトリック
  | しつけ・教育 | 2016-02-08 10:08 |

最近の長男坊主は、私の言葉の罠に引っかからなくなりました。ここで言う言葉の罠というのは、「事実ではあるが真実全てではない」ってヤツで、例えば当然の権利である事を相手に隠しながらあたかも自分が相手に特別な利益を与えてやるかのように伝えるなど、聞き手に誤解させる事を意図したレトリックを使う話法のことです。
「これをしてくれたら今日のオヤツ一つあげるから」という約束の裏に「今日のおやつは君が好きでも無い物だけど」って情報を隠すようなズルイ言い方なんですが、これがまぁ世の中にはありふれた事なんですよね~。

例えば『驚きの効果が!』なんてカッコ書きの宣伝文句。あれはあくまで個人の感想を書いてあると言い逃れするための『括弧書き』で、宣伝通りの効果が無いとクレームがあっても法的な責任は負わないぞって暗喩なのですが、そんな事は義務教育で習う事も無いから普通の人はまず気付きません。小さく「※個人の感想です」とか、「※個人差があります」って書いてあるのも同じ。清濁様々な情報が氾濫している中で、自分の得た情報が信用に値するかどうかは受け手が判断するしかないのが世の中でして、ほんと面倒な事です。


ちなみに、世の中の都市伝説やデマ、エセ科学、詐欺などは必ず、「発信側に都合のいい部分だけを主張する」という特徴を持っています。エセ科学なら、都合の悪い部分は未知のテクノロジーや神秘のエネルギーといった屁のツッパりにもならない理屈で片付けようとしたり、権威がありそうな肩書きを付けた人の証言で煙に巻いたりしています。「この現象は現代科学でまだ解明できていない」なんてのは何だか神秘的でスゴい事のように思わせてくれるけれど、実は「現代科学」ではダジャレ一つとっても「科学的に解明」できてやしません。オヤジギャグのどこが面白いのかを"科学的に"解明しようと考える人が世界に何人いると思います?


我が家の坊主達は前述の言葉遊びなどの経験を積み、自分なりに考えるという基礎を順調に身に付けつつあると思っていますが、世の中では論理的に考えればおかしい事なのに他人の言葉に騙されるって人が後を絶たないのが現実ですし、インターネットなど「検索」の出現によってますます都合のいい事実ばかりが目につきやすくなってます。
とにかくまずは自分で考えるって事を放棄しないこと。あと社会に出るまでにせめて論点のすり替えを初めとした「詭弁」の似非ロジックの仕組みだけでも知っておいて損は無いと思います。ほんと大人はズルいんですから。



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抱っこ&ギュー(^^)
  | しつけ・教育 | 2016-02-01 10:08 |

先日に四男坊主が登園を渋った日は園の活動でも精彩を欠いていたようで、お迎えに行った母ちゃんに先生が「今日は皆とやろうって誘って最後にやっと参加してました」って"いつもと違ったよ”コメントをくれたそうです。
やっぱり朝にグズグズ言ってたのは「構って欲しいなー」のサインだったみたいで、母ちゃんも「次男坊主の受験のこともあって、ちょっと相手するの少なくなってたかも」って。

早速、翌朝には母ちゃんと2人して四男坊主君を抱っこ&ギューってやってあげました。それですっきりしたのか、一切ぐずる事無く元気に登園していき、園でも元気だったそうです。人間ってほんとメンタルな生き物ですね(^^)



我が家の坊主達の場合、「構って欲しいけれど口に出しては言わない」って所が有ります。女の子がどうだか知りませんが、男の子の多くはそんな感じかも。で、それを放っておくと拗ねてしまうんですよねー。可愛い坊主達だ。

どの坊主君でも、たまにこちらから積極的にスキンシップを図れば、満足を得るのかその後のコミュニケーションが取易くなります。上坊主達はスキンシップのタイミングを逃していても、ストレスがたまったときに四男坊主に相手してもらうことで癒しを得る事が出来ているようです。でも当の四男坊主君はどこに癒しを求めりゃいいの?って事なんですね。

基本的に我が家の坊主達は甘えっ子。ベタベタ甘えられないためには、こちらからスキンシップを仕掛ける時間を作る事がポイントになるんです。
逆説的な感じですけど、それで上手くいくんですから心理って面白いですね。



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四男坊主が甘えっ子
  | しつけ・教育 | 2016-01-25 10:08 |

最近、隔日くらいの割合で登園時にちょっとグズってます。母ちゃんに甘えたいみたい。
たまには母ちゃんと登園したいってのもあるみたい(母ちゃんとしては寒いし勘弁してほしいみたいですけど^^;)で、毎日幼稚園に迎えに来てもらって暫く母ちゃん独占するだけじゃ足りないのかな? 家でも園でも気分よく遊んでいるときは忘れてる様だからこっちにはさっぱり分かりませんが、何か自分でも気づいていない小っちゃなストレスがあるのでしょう。家で母ちゃんのお手伝いをしてあげたらもっと母ちゃんと一緒に居られる時間にもなるんだけど、さすがに自分じゃ気づかないよなー。今度ヒントあげてみようっと(^^;

今朝もこの冬一番の寒波とやらのなか、園に行こうとすると「寒い」ってコタツでグズりだしました。その直前まで普通にしていたのに。
上着を着せたら文句が「暑い」に変わって、「手袋要らない」「マフラー要らない」って言いながらようやく家を出る。で、園に着いたら「マフラー持って来て」だの「手が冷たい」だの言って下駄箱の前で長靴脱いだまま動かなくなっちゃいました。暖気もしていない車で移動して、積もった雪を触ったりしてりゃまぁそうなるわな(^^; ここで「だから言ったのに」と言っても詮無い事なんですが、つい言いたくなっちゃいます。

「マフラーは自分で要らないって言ってたから車に置いてあるよ。取っておいで」って言ってみたけど、やっぱり動かない。甘えたい心に体が縛られちゃってるんですね。ストーブがついてる部屋の方が暖かいよって園長先生が誘ってくれても、座り込んだまま動けない。幼い子供は自分の心を騙せないから、まず心が動かないと体が付いてこないんですね。
一方、こちらはベソかいてる坊主をしり目に玄関から門までの雪かきを手伝っていたから、湯気が出る程にポッカポカ(笑) 雪かきのついでに車からマフラーを回収してきて、冷たい手は私の頬と手で挟んで温めてやって、やっと動いてくれました。


「動かない」んじゃなくて、「動けない」。この認識で相手をすれば、子供相手のイライラってのはちょっとマシになります。座り込んでいれば周りが話しかけてくれたりするわけで、子供心には、放っておかれるよりもまだマシな事。そのままで少しずつでも自分の心が満たされるのを待っている状態です。大人としてはそうやって座り込んでいても満足が得られる事は稀だって事を経験で知っている分余計にイライラしちゃうんですけど(^^;
幼児相手だと「3分の手間」を惜しむと30分以上のロスタイムに繋がる事もしばしば。だから余裕が無くて忙しい時こそポイント的な数分間を確保して、子供のココロを動かすよう働きかけた方が、かえってスムーズに事を運べたりします。

とかくココロと頭の関係は面白いもの。坊主達を観察してきてそう思えるようになりました。特に幼い間は心(本能)の方が圧倒的優勢ですが、成長するにつれ行動の主体が頭(理性)の方に移ってくる。今は末っ子気質に浸りきっている四男坊主君も、来年、再来年と進むにつれてまた違った反応をするようになってくるのは間違いないので、このグズグズ君を愛でることが出来る期間は今だけ。そう考えるとレア感が出…ませんかね、やっぱり(^^;



by 香里山父ちゃん | トラックバック(0) | コメント(0) |
続き
  | しつけ・教育 | 2016-01-20 19:58 |

子供が自分の心を表現できずにいたら、
1)まずはどう感じているかを言葉にして問うてやる。
 痛い?悲しい?悔しい?・・・etc. 
 子供は気持ちと言葉が繋げられないのです。
2)次に、なぜそう感じるのかを言葉にしてやる。○○がしたいのに出来ないから?
 △を△△したいのに出来ないから?・・・etc.
3)そして、なぜそうなったのか、どういう行動をとれば解決できるかを言葉にしてやる。あるいはどこまでならこちらが歩み寄れるか妥協点を示してやる。
 あと3回なら滑っていいよ。いっしょにやってみようか?一緒にあやまってあげる・・・etc.
4)こちらが最大限に譲歩できるところを示したら、子供自身に行動を選ばせて、お互いに約束として守る。
 ここで大人から「あとで」とか「また今度」って言う事がありますが、そう言ったならば必ず後でその「契約」を履行することは大事です。「あとで」がちゃんと守られる事が分かっていれば、子供も我慢しやすいですが、「あと」がいつまで待っても来ないようだと、「あとで」という言葉が何の効力も持たなくなっていずれもっと困る事になっちゃいます。

1や2の段階については、日頃から絵本の読み聞かせをしていれば比較的容易になる事が多いです。「○○の本の△△ちゃんみたい」って、子供に分かる例を引いて話すとができますから。
それから、子供の気持ちを聞き出してみるだけで解決できる事も結構あるものです。大人が「こうだろう」と思っていた事の斜め上の回答が出てきたりして、それもまた面白い。わがままを言っているようで実は誰かの為になんて健気な理由があったりすることも結構あるものです。


我が家の場合は、3の歩み寄りの過程で「カワイイ」をよく基準に使います。
「一緒に可愛くお願いしてみよう」とか、「スリスリ(頬ずり)して謝ろっか」なんて直接的なアピール方法の提案はもちろん、人に何かをしてもらいたいときには「先に△△やってからお願いしたほうがいいかもよ?」なんて外堀を埋めるアピールにも誘導したりして。「○○させろ!」なんて高圧的に迫られるよりは、「○○させて欲しいな~」ってアピールされた方が聞く方も心に余裕を持った対応ができ、「仕方ないな~ちょとだけだよ」って譲歩もしやすいものです(よね?)。 自分が何を代わりに提供できるか考えてみると、「カワイイ」度合いは上がるものです。

そういうことを何度かやっていると子供も自分から「可愛い行動」を起こせるようになっていくわけですが、それは同時に目の前の問題を客観的にとらえる術を身に付けるのと同じ事。落ち着いて、相手に通じる表現で自分の希望が相手に伝わるようにする事が必要ですからね。
落ち着いて考えられるようになればさらにその延長として、どうすれば要求が受け入れて貰いやすいかも判断できるようになってくるものです。
自分の意見が通らないとすぐにブーたれていた幼児が、頑張って表現を探す様や、お手伝いを買って出るなど予め外堀を埋めてから本丸を攻めるような絡め手まで使ってくるようになる成長を見るのは、面白いものです(笑)



by 香里山父ちゃん | トラックバック(0) | コメント(0) |
類似ネタで何度か書いてますが
  | しつけ・教育 | 2016-01-19 19:57 |

人の成長の上では3歳期が最も興味深い、というのが私の持論です。そう、何を言っても「イヤ」って言い返されるあの時期です。

子供は大抵3歳前後に「反抗期」を迎え、親の保護から離れるのを半ば承知の上で自分の力を試そうとし始めます。つまりこれは子供が他との関わり様を積極的に学ぶ機会が得られる時期であり、沢山の「イヤ!」に対して周囲がどのように接してきたかが、その子の性格の基礎の部分に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
安易に甘やかすと増長するし、大人の強権で押さえつけると委縮する。「イヤイヤ期」は親にとっても子育ての転換を求められる最初のターニングポイントなんですね。

大人の都合と子供の希望は頻繁に対立するもので、「イヤ!」というのも親にとっては対処に困る我がままのように感じるものです。子供の希望に添うことは難しくても、せめて子供なりに頑張って主張している「気持ち」については、ちゃんと受け止めてあげた方が良いでしょう。まだ自分の気持ちをうまく言葉に出来ない子供の方は、「どうして分かってくれないんだ!」って事に大きなストレスを感じているものですから。

子供にとっては「自分の意見が通らない」って事よりも、「気持ちが伝わらない」って事の方が大きなストレスになりうると思います。シチュエーションは様々であっても「何でこの気持ちを分かってくれないの」って想いは全シーンで共通ですからね。同じ事を繰り返し感じることで必然的にその気持ちを扱う脳(心)の回路が発達するので、より感じやすくなるのは間違いないと思います。大人の都合として頭ごなしに「ダメだったらダメッ!」だけで押さえつけていると、大声合戦や他の人や物に当たり散らすなんて問題行動へと発展します。気持ちを言葉に出来ない以上は、子供には行動で表すしか残されていませんからね。
更に気持ちを整理する術を持てないまま成長すると、10年後の二次反抗期には「どうせ言ってもわかって貰えない」って具合に話し合うこと自体を拒否して荒れたり、引き籠ってしまったりする事に繋がるやも知れません。精神的に幼稚な振舞いであっても、それしか術を知らなければ仕様がない事ではないでしょうか。

だから、幼児の主張を頭ごなしに全否定しちゃうってのは「もったいない事」です。この時期を敬遠するのではなく、むしろ子供の交渉力・論理力を養うチャンスと捉えて積極的に迎え撃った方が面白い成長に繋がると思います。まずは「まだ小さいから無理」って大人の判断基準を見直す事から。ここで自信をつけた子供なら自然と、「もっと上を目指そう」という欲が出て来るもので、そこから大きな成長に結びつくことも十分ありえます。可能な限り子供の挑戦を許してやる機会を作り、挑戦の過程自体も褒めてやる。それが私が思う「面白い子供」に育てるポイントです。
子供が「イヤ!」と言い出したらもう、「幼児扱い」から「子供扱い」に移行する時期です。読み聞かせる絵本の内容に配慮するなど、ちょっとしたところから次のステップへの誘いかけをあれこれ試し、子供の反応を引き出していくのは子育ての醍醐味だと思いますね。



by 香里山父ちゃん | トラックバック(0) | コメント(0) |
集中すること~子供との接し方
  | しつけ・教育 | 2016-01-14 10:08 |

「集中力」は生活の中で自然と身に付いていくもの。ですから集中力に欠けるというのは、集中を必要としない生活を送ってきたという証拠です。
野生ならとっくに淘汰されているやも知れぬところですが、幸いにして現代の人間は始終ボーっとしていてもそれなりに生活できるんですよね(^^;
-
「集中できない」というのは、その時点で対象に対して持っている興味が希薄だということを示します。遊び事なら集中するのに勉強だと集中できないってのは「興味薄」の典型的な例ですね。親という存在のほとんどが子供に様々な期待を抱くものですが、子供がその道を進んでくれるかどうかは、そこに子供の興味を満たすものが有るかにかかっていると言えるでしょう。

何度も転ばずに歩く事を覚える子供なんていませんが、肉体的な問題が無い限りは歩かずに一生を終えようという子供もまたいないものですが、これは、
 歩く → 転ぶ → 痛い → 嫌だ
といったマイナス面よりも
 歩く → 行動範囲が広がる、楽しいことにアクセスできる
といったプラス面の方に意識が向くからこそ、頑張ることができる。
仮に、這って生活するしかないほど天井が極端に低い部屋で生活をしていれば、子供もわざわざ歩こうなんて思う事は無いでしょう。また、大多数の人ができる事であっても自転車乗りやスキップ、口笛、といった技能は、興味がない限りわざわざ修得しようと思わないものですよね。人間の行動は、そんな感じでそこに興味を持てるかどうかの上に成り立っているわけです。


子供の行動の原動力の一つに、親と一緒に行動したい、認められたいという本能的欲求があります。これは「親が大好き」という心から生じるもので、親が大好きな子供はふつう親のする事に興味を持ち、何でも真似ようとするものです。だから子供の興味を惹くためには、親がそれを楽しんで見せるのが一番手っ取り早い方法ですね。
「大好き」というのは「興味がある」というのと同じ事ですから、同じように人を好きになるという意識を子供に持たせることが出来れば、スポーツでも勉強でも、様々な方向で子供を伸ばす事が容易になるでしょう。先生が大好きなのに先生の教えてくれる事に一切興味を持てないなんて事は滅多にないですからね。


特に言葉がイマイチ通じない幼児の場合、いくら集中しろと言い聞かせても無理な事。しかし、「興味を持たせる」事を考えたアプローチは、比較的取り組み易いものです。
どうやって子供の興味を惹くかは、園の参観や乳幼児指導などで先生達の行動と子供達の反応を観察すると理解しやすいです。言葉の選び方や話す速さ、視線の合わせ方ひとつとっても、幼児に伝わりやすいやり方があるもので、色々と学ぶべきところがあるんですよね。

幼児の場合は音で子供の視線を集める、動作を真似させることで次に何をするか興味を持たせるなど、いわゆる五感に訴えてそれを果たす事になります。幼児の時点で場のリーダーの行動に集中するって事を覚えていれば、園や学校に行っても問題はおきないでしょう。

日常生活で集中力を高めていくに、特に3歳頃までは「保護者が見守る」という事がポイントになると思います。それはつまり、失敗から経験を得るチャンスを奪わないということ。普通、失敗する以前に注意された事よりも、自分で実際に失敗を経験して納得した事柄の方が次回の集中度合いは高いものですが、幼い間は近くに年長者の存在を感じる事で安心して活動ができ、そこでより多くの失敗を経験するチャンスを得る事が出来ます。もちろん失敗した時に慰め、相談を受けてやる年長者が近くにいるかどうかで、子供の精神的な成熟性は随分違ってくることでしょう。

ですから、将来の為に子供の集中力を育てたいならば、特別な事ではなく、
 ①子供に好かれる
 ②転びそうになっても余分な手出しは控えてまずは見守る。
 ③フォローしてやる
という、なんて事のない日常生活こそがポイントになると思います。



by 香里山父ちゃん | トラックバック(0) | コメント(0) |
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