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Ω 焼きおにぎり一家の思い出つづり Ω
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私・くんたと、夫・焼きおにぎり、長女・こはタン、長男・ヤマピ、次女・みんみの5人家族。平凡な日常です・・・
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くんた家・総勢5名。ラクマツくんたと、焼きおにぎりな夫、ひょうきんこはタン(7歳)、貫禄は係長ヤマピ(2歳)、新星みんみ(0歳)です。
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フライング入院からの、陣痛マチ入院
  | その他 | 2011-06-30 14:17 |

私は助産師さんに事情を話し、陣痛が来るまでしばらく入院させてもらえないかと頼んだ。

しばらくして戻ってきた助産師さんは、入院オッケー出ましたよと言ってくれた。

こうして私の入院生活は、フライング入院か~ら~の~、陣痛マチ入院!に移行したわけである。


私は月曜の午前中から、陣痛が起きやすいとされることを色々試した。
病院の周りを1時間以上歩き、階段を上ったり下りたりし、ゆっくり風呂に入り、疲れがたまるとよくないらしいから横になって少し眠ったりもした。

夕飯の時間にも病室に戻らず、看護師さんに探されてしまったこともあった。

そんなことをしながらの数日は、陣痛って、赤ちゃんのタイミングで起こるものなのだろうとつくづく思わされて過ぎただけだった。

夫は、私のことを厄介払いしたような形になってしまったと謝りながら、毎晩子どもたちを連れて病院に来てくれた。

私は大部屋に移っていたので、談話室で家族と面会し、一緒に夕飯を食べた。
こはタンは、コンビニで買った物の入った袋から、「うどん♪うどん♪」と言いながら一番下にある冷やしうどんを出そうとした。
私が、「上から順番に出してね」と言うと、膨れてすねてしまった。

2玉分くらいありそうな巨大なうどんだったので「お父さんにわけてあげてね」と言うと嫌やと言い、一口だけちょうだいと言われて渋々渡したら、こんなに減ったと言って泣いてすねたが、結局全部は食べられず、「ごちそうさまでいい?」と言った。

私と夫はその都度怒ったり諭したり、夫とゆっくり話す暇もなかった。

終始山ピと一緒に走り回ったりいたずらしたり、叱られてすねたり泣いたり、相変わらずだった。

小学生になったとはいえ6歳児なんてこんなもんかなと思っていたが、相部屋の女性の上のお子さんがお見舞いに来ていた時、ちゃんと小声で話すし、走り回らないし、カーテンで遊ばないし、退屈がって泣かないし・・・比べちゃいけないと思いつつも、こうも違うものかと思ってしまった。

そんなこはタン、「姉弟2人でもこんなに楽しいのに、3人になったらもっと面白いわ。ウヒヒヒヒ」と言っていた。
私は陣痛マチに疲れていたこともあって、こはタンのそんな様子を見ていたら、新しい命を迎える喜ばしいことを、悪いグレムリンが1匹増えることのような気がして、少しうんざりしてしまった。



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フライング入院つづき
  | その他 | 2011-06-30 13:41 |

病院に着いてから診察を受け、まぁ定期的には張っているようだから入院して様子を見ましょうということで病室に通された。

私は、陣痛弱すぎない?という病院側の雰囲気と、早く生まれてくれというオーラをビシビシ出してくる夫の板挟みが苦しく、そうこうしている間に本物の陣痛になるよう、必死で祈った。
嘘から出たマコトというやつを、気合で起こそうと思った。

祈りも空しく、陣痛先生は今日の務めを終えたかのようにあっさりと引いて行った。

病室で退屈をしたこはタンと山ピはひたすら帰りたがり、こはタンに至ってはカーテンで遊んだり廊下を走ったりして夫に叱られ、最後は「暇やし帰りたい」と泣き出す始末である。
私は、「こっちゃんは人一倍、楽しいことが好きやもんねぇ。楽しくないことは嫌いなんやもんねぇ」
と言って、こはタンの頭を撫でた。

どいつもこいつもププッピドゥだ。

そんなわけで3人は早々に帰っていき、私は一人、『なんだかなぁ~』な空気漂う病室で、深く考えないように努めながら、腹に巻かれた機械が拾う胎児の心拍を聞いていた。


翌朝、一旦退院しましょうと言われ、そりゃそうだよなと思いながら夫に知らせると、夫は、それは困ると言うではないか。
入院したからという話で今後の段取りを組んだのだから、生まれるまでそっちにいてくれと言うのだ。

私にも実家があればなぁと思った。
実家みたいな場所で、信頼できる協力者と共に、ゆったりと陣痛を待つことができたなら、どんなにかいいだろう。

深く考えないようにこれまで務めてきたが、ふとそんなふうに思ったらなんとなく泣けてきた。

でもまぁ、あんなに仕事を頑張るなんて私にはできないことで、出世頭であるところが夫のいいところでもあるのだ。
せめて私だけは、生まれてくる子どものことだけを考えてやらなくてはならない。

「ごめんよ、ああは言ったけど、いつでもいいのだよ」と、そっと腹に声をかけた。



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マチ子、フライング入院する
  | その他 | 2011-06-30 13:18 |

日曜日。
夫が仕事で、片道7キロのハイキングに行く日だった。

土曜に入院になれば大変都合がいいのだと、腹に向かって事情を話したが、所詮子どもに大人の事情は通じないものである。
相変わらず痛んだり引いたり、決定打のないまま夜になった。

もしもハイキング中に本物の陣痛先生に来られたら、夫がどの辺を歩いているか探すことから始めなくてはならない。

ハイキングヤッホーな夫を放っておいて病院に駆け付けたいところなのだが、夫を連れて行かないことには、車が1台しかないので乗って帰ってもらわなくてはならない。
病院まで山道を40分近く走らねばならず、タクシーでは高すぎる。

それに出産中、こはタンと山ピを見る人がいない。
歯の治療じゃあるまい、腹に山ピを乗せてもう一人産むわけにはいかないと思うのである。
私はかまわないが、病院側が困るだろう。

仕事とはいえ、妻がこんな状況だからハイキングは控えたいと言ってはくれないものだろうか。
と、務めていた時から責任感の薄い私は思うのだが、夫が言うには、妻はこんな状況ではあるが、ハイキング中に何かあると決まったわけではないから、念のためでは休めないということらしい。

相談した結果、決定打のないまま入院しようということになった。

「妻が入院しました」と言って謝れば、ハイキングを休めるのではないかという案だ。

そこまでして体裁を取り繕う必要ってあるのだろうか。
と思いつつ、それで夫が納得するのならと、日曜の朝、私はまたおにぎりを作って入院の準備をした。
夫は、「ハイキングには行きたい、いや、行かなくてはならないのだけど、こんな事情で欠席せざるを得ないのです」という誠意を見せるため、上下ジャージで帽子をかぶり、今にもハイキングし出しそうなな恰好をして早朝に出かけた。

そうして午前9時頃、今にもハイキングをし出しそうだが事情があってハイキングをせずに帰宅した夫と、なんだかわけのわからない子どもたちと共に、いざ病院に出向いたのである。

言わば計画的フライング入院である。



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38週の検診
  | その他 | 2011-06-24 15:26 |

前駆陣痛に踊らされ、ステップ踏みながら38週の検診に行ってきた。

最初に強烈な痛みが来た日から6日ほど経っていたので、こうまで何食わぬ顔をして38週の検診を受けに来ることになろうとは思いもしなかった。

夫は、検診から緊急に入院になるかもという心配から半日仕事を休んで検診に付いて来て、隣の小児科から謎の病気を頂いて早速発熱している。
こんなときに勘弁してほしい。

検診待ちが2時間半あって、夫はその間、うたた寝したり、カバンからラムネのようなものを取り出して食べていたので、そのとき何かの病気が体内に侵入したものと考えられる。

私は、スーツ姿の夫がカバンからラムネを取り出して食べている様子を見てのん気にお腹を抱えて笑っていたのだが、こんな事態になるとわかっていたら笑わなかった。


とにかく検診では、赤ちゃんの頭がますます下がってきて、順調そのものとのことであった。

気になる子宮口は尻の方に姿を隠し、測れませんとのこと。
この1週間歩いたり拭き掃除したりかなり動き回ったので、4センチくらい行ってるんじゃないかと、投げ終えた槍投げの選手みたいな顔をして記録を待っていただけに、測れなかったとの答えには拍子抜けであった。

先生の指が太くて短く、産婦人科向きではないのだという情報を聞かされ、そこから話題を広げるでもなく「ああ~」と、なるほど感を含んだリアクションでやり過ごした。


病院を出た時には既に昼の1時を過ぎており、夫と二人でラーメン屋に入ることにした。

入って、注文したメニューが届いて割り箸を割るまで、自分がラーメン不得手であることを忘れており、途中で気分が悪くなって半分以上夫に託した。

内診の刺激により、10分刻みのひどい前駆陣痛が起こったが、帰宅して横になったら見事に引いた。

そんなことだろうと思ったさ。



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マチ子、前駆陣痛に踊らされる
  | その他 | 2011-06-21 14:17 |

何度、キターと言わされたか。

最初に一定間隔で訪れたのは、土曜の深夜だった。
10分間隔くらいになったので、みんなが起きたら出発だ~と喜び勇んで準備をしたが、くんた家の起床時間である5時には引いてしまっていた。

せっせと歩いたり拭き掃除をしたり、陣痛先生が帰ってきてくれそうなことをし尽くした。
それらしい痛みは来たり引いたりを繰り返し、その都度入院荷物に手を伸ばすが、結局全ては空振りに終わった。

月曜。
近所のスーパーを行ったり来たりしながら、陣痛先生のご都合をひたすらうかがっていた。

そして今日。
深夜1時ころ、これは!という痛みで目覚め、いよいよ間隔も安定してきたので、今度こそ入院だと身辺整理をしてみんなが起きるのを待った。

けっこうな痛みに耐えながら、余っていたご飯はみんなおにぎりにして、7時半にこはタンを送り出し、夫と今後の相談をしていたら、面白いほど痛みが引いて行った。

10分間隔であんなに痛んでいたのに、こうも引くものだろうか。
こんなに思わせぶりな前駆陣痛があるのか。


これに振り回されて困っているのは夫である。

頼る人のない我々なので、私の入院中から床上げまで、上の子どもたちを見るのは夫一人なのだ。
いざ出産となったら、当直や大事な仕事を他人に振らなくてはならない。

仕事の段取りがなかなかつかめず、「どうすっかなぁ」が口癖になってきた。
困り果てて「どうなりそうけ?」と聞いてくるのだが、私も知りたい。

大人って面倒だなぁとか思ってしまう。

一生に何度あるかわからない出産である。
せっかくだからもっと楽しみたいのだけど、シャバにはいろんな都合があって、笑ってばかりはいられないのである。



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陣痛マチ子の一日
  | その他 | 2011-06-20 12:40 |

臨月。
先週37週の検診で、赤ちゃんの頭がだいぶ下がってきて、子宮口が1.5センチ開いていると言われ、少し浮かれている。

なんせ一人目も二人目も子宮口が2センチ開くまで一晩陣痛に耐えたので、あの思いをせずに開いてきたとあらば、上半身総出で下半身に感謝せずにいられない。

山ピに至っては、でっかかったこともあって頭が下がってこなくて大変だった。

今回こそはすんなり進みそうな予感がして、むしろワクワクしている。


そんな上の子ども二人は、それぞれ保育所と学童保育に通い始めた。
こはタンの学童保育は予定していなかったが、本人が熱望したので入れることにした。


山ピは2歳と1か月。
なぜか自分のことを『あっくん』と呼ぶが、名前に『あ』は入っていない。
猛烈に体が強く、多少の風邪なら一晩で自然治癒してしまう。

予想通りのひょうきん者に成長してきて、まぁこはタンの弟だから仕方がないか。
と、夫も私も自分のことは棚に上げている。

こはタンは無事に小学生になり、何もかも凄まじく適当で、恐ろしいほどあっけらかんとして毎日を過ごしている。
たまに手ぶらで7時ごろに学校に行こうとするほど適当で、もはや怒りを通り越して失笑である。

小学校に上がるときに夜のオムツをやめたのだがまだまだオネショは治らず、今朝なんかは「見て~!足までびっちょりマン!」と喜ぶ始末で全く笑えない。

3歳から通っているスイミングは今も続けており、持ち前の負けん気の無さからほとんど上達はしていないが、猛烈に楽しそうにやっている。

色々と心配なことが多く悩まされるが、寝る間を惜しんであれだけ毎日を楽しんでくれれば、とりあえずは産んだ甲斐があったというものだ。


兎にも角にも、土曜の早朝から陣痛か?と思う痛みが来るがとても不規則で、マチ子はそのたび一喜一憂している。
これが妊娠生活最後の楽しみなのである。

なんだかんだで私も毎日楽しくて、生まれてきた甲斐があったと思う。



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(無題)
  | その他 | 2011-03-17 12:00 |

もしも災害が起こったら、まずは自分たちを守ろう。
そんなふうに強く思ってきた。
新築した家には最新の耐震を講じ、普段からたくさんの備えをしていた。

実際今度の震災や津波で石川県に被害はなく、普段の備えが力を発揮するまでもなく自分たちは無事だ。

だけど、同じように自分たちを守ろうと思ったはずの大勢の人たちが、圧倒的な自然の力の前に、どうすることもできずに亡くなっていった。
毎日増える犠牲者の数をただ呆然と見ていて、自分たちだけが幸運によって生き残っていることに何の意味があったのかと、胸が締め付けられるように苦しかった。

全身の力がどうしようもなく抜けてしまい、ただただ湧いてくる悲しさや苦しさや悔しさを持て余して数日間を過ごしていた。

だけど、たくさんの人たちが既に戦っているのだ。
私も、思いを形にしなきゃいけないと思い、まずはお金を送った。
それから、住む場所を失った人に、無償で家を貸すことを申し出ることにした。
私たちは金沢に建てた家を空けて能登に来ており、少なくとも来年の春までは使わないことが決定している。
家具もあるし、広い家だからどんな大家族でも一緒に住めるはずだ。
少し遠いから、役に立てるかどうかはわからないが。

言い訳かもしれないが、私は妊婦だし小さい子供がいるので、現地に行くことはできない。
こんなことしかできなくてごめんなさい。

昨年の3月、子供たちと3人で訪れた宮城県の仙台と石巻。
とても親切にしてくれた、小さな旅館のみんな。
仕事の間、子どもたちを預かってもらった託児所のみんな。
それから、まだ知らないたくさんのみんな。
亡くなった人、亡くして残った人、みんなの痛みを分かちたいと思っています。



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性別判明と、小学生になる姉
  | その他 | 2011-01-30 16:06 |

妊娠すると、検診がひたすら待ち遠しい。

この妊娠中も例によって検診を心待ちにするばかりの毎日で、検診マチ子への改名を考えていた矢先、近頃は胎動が感じられるようになり、ようやく多少ゆとりを持って検診を待てるようになった。

お金がかかるとかめんどくさいとかで妊娠発覚からもしばらく病院に行かない人など、どうかしているとさえ思う。
子宮外妊娠だったらどうするんだろう。

話がそれたが、近頃腹を蹴るようになった第三子、なんと女子と判明した。

ヤマピとめぐり会ってから男児のかわゆさに目覚めた私は、心のどこかで兄弟というものへの憧れを持ち始めていたのだが、かと言ってガッカリするほどのことではない。

それにこはタンは妹を熱望していたので、この事実には大喜びである。

「また男の子やったら、ヤマピと新しい赤ちゃんで、お姉ちゃんの取り合いになったらいかんやろ?」
と、なんだか可愛らしい理由である。

そんなこはタン、春からいよいよ小学生になるので、先日ランドセルを購入した。
今どきのランドセルは色んなのがあるもので、結局こはタンには老舗メーカーの定番赤色で、サイドにハートやリボンの刺繍があしらったものにした。

嬉しそうに背負うサマは、まさに新一年生。
新生児に負けないほどに可愛いと思った。

はしゃぐこはタンに、心配なことや不安はないかと尋ねると、「テストで100点取れなかったらどうしよう」などと、実に高い理想を持って小学校に挑む姿勢を見せた。
「テストの100点はけっこう難しいから、取れんでいいわいね。先生のお話よく聞いて、お友達と仲良くできるのが一番や」
と言うと、「そうか~」と言っているが、あんまり気負わずに楽しんでくれたらいいなと思う。

私のときもこんな可愛いランドセルでもあれば、少しは学校に行く気になったかもな。
なんて、不登校だった小学生時代を振り返るのだった。



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ヤマピ、1歳半検診を受けるの巻
  | その他 | 2011-01-14 23:43 |

ヤマピの1歳半検診に行った。
妊娠中なこともあって、あまり人と関わりたくないと本能に訴えられた私は、受付開始の20分も前から会場に行き、1番に受けて早めに帰るつもりでいた。

もちろん受付1番だったが、小児科の先生がまだ来ていないとか、歯医者さんがまだだとか、歯科衛生士の人がまだだとかでその都度えらい待たされて、結局全部終えるのに2時間半かかってしまった。

1番に行ったことで、逆にこんなに時間がかかってしまったというわけだ。

ヤマピもすっかり飽きて帰りたさが頂点を迎えた頃、最後に回ったのが言語の発達だった。

ヤマピはこはタンに比べて随分言葉が早く、今ではたくさん言葉を覚え、「おかえり」とか、「ワンワンでっで(おいで)」とか話してくれる。
こちらの言うことも伝わっていると感じていて、「ドア閉めてきてね」と言うと閉めに行ってくれるし、「お父さん帰ってきたよ」と言うと「おかえり~!」と喜んで玄関に走って行く。
好きなことは、お姉ちゃんとかくれんぼをすることや、近所のお友達と外で遊ぶことだ。

心配なことはありますかと聞かれたとき、ありませんと言った。

そうですかと言って、医師だかカウンセラーだか知らないが、正面に座っていた女の人は黙っていた。
ヤマピは帰りたがって私の手を引っ張り、「あっちあっち!」と泣きながら訴えていた。

「ではそちらでしばらく待ってください。」

そう言われたので後ろに下がろうとしたとき、その医師だかカウンセラーだかが何か黙々と書き始めたので、私は何気なく何を書いているのかを見た。

その内容は、
「目が合わない」
「感情が激しく、普通ではない」
「母親を気にせずに遊んでいる」
「発達の遅れ」
「自閉症の疑い」
もっとたくさん、びっしりと書かれていたが、大まかに言うということだった。

私は一通り書き終えるのを待ってから、「目が合いませんでしたか?」
と聞くと
「そんなふうに感じましたね」
ということだった。

もしそういうふうに感じたのなら、なぜ言ってくれなかったのだろう。
家ではどうかとか、話し合うことって必要じゃないのだろうか。
ヤマピは、私に知らされないまま自動的に要注意のハンコを押され、保健士の家庭訪問の対象ということになっていたのだ。

「失礼ですが、きちんとご覧になった上で仰っているんですよね?」
と聞くと、「1歳半くらいの子どもの発達は個人差がありますから、今見ただけではわかりませんからねぇ」とのことだった。

ならばなぜそんなにたくさんのことを疑ったのか、私は根拠が知りたかった。
素人目と、親子のひいき目もあってわからなかったのかもしれないが、これまでヤマピを見てきて、少なくとも目が合わないと感じたことがなかったからだ。

医師だかカウンセラーだかの女性は、私が持参した問診表を指して、
『口や目はどこかを聞いたら指差せる』 の欄が 『いいえ』 となっていることを指摘した。

私はこれまでに、『口』や『目』という名称を教えていなかったから、正直に『いいえ』と書いていた。
でもそれは最初に問診表を出すときに、『口』とか『目』ではわからないけど、「くさいくさいは?」と言えば鼻をつまむし、「いないいないは?」と言えば目をふさぐし、「ハクションは?」と言えば口を押さえるのだと説明をしてあったので、問題だとは思っていなかった。

医師だかカウンセラーだかは、黙って席を離れ、私はそれ以上の説明もなく保健士に引き継がれた。

私は保健士に、
「さっきの人が紙にいろんな症状を書いていたんですが、私は感じたことのないことばかりでしたので、少し説明していただきたいんです。」
と言うと、
「驚いてしまいましたよね。お母さんの育て方が悪いとか、そういうことじゃないんですよ」
と、必死で慰めてくれたが、その答えがとても不本意で、
「私はこの子の親なので、別に何があっても受け止めるつもりでいます。ただ、何も説明がないし、症状についても思い当たることが全くないので、失礼ですがとても不信に感じています。言ってしまえば、きちんと見たのかと疑ってさえいます。」
と訴えた。

保健士は、
「1歳半のお子さんは個人差があって、2歳になって急に言葉が増えるとかもあるんですよ。根気よく見ていきましょう。私たちも定期的に家庭訪問しますから」
とますます励ました。

私は何度も何度も同じことを訴えたが、自分の気持ちが全く伝わらないことに物凄い憤りを感じ、ついに涙がこぼれてしまった。
保健士は「母親も情緒不安定」と記入し、私たちはすっかり問題親子となってしまった。

これ以上何か言うとますます要注意になってしまうと思い、お腹から湧き上がる憤りを息と一緒に吐き出し、震えながら立ち上がった。

お礼を言って会場を出るとき、ヤマピはみんなに元気よく「バイバイ」と言って手を振った。

私たち親子は慎重に経過を観察されることになり、早速その日の夕方電話がかかってきて、今後の話をされた。

ヤマピのことは、曲がりなりにもそういう診断をされたのだから、金沢の発達外来を受診し、それなりの対応していきたいと思っているが、正直言って検診での対応には未だ納得ができずに悔しくて悔しくて仕方がなく、気持ちの整理ができずにいる。



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クリスマスプレゼント
  | その他 | 2010-12-14 00:17 |

ヤマピが生まれて、はや1年7ヶ月。
様々な愛しいエピソードを、飛行機雲のように残しながら、アンドリュー王子と呼ばれる現在に至る。

有難いことに、こはタンもアンドリュー王子が大好きで、毎日それはそれは仲良くしてくれている。

もうすぐクリスマス。
こはタンはサンタさんへの手紙に、ヤマピの分のリクエストも書いてくれていた。


ヤマピには絵本、自分には、シルバニアファミリーの3つ子の赤ちゃんとお世話セットを希望しているこはタン。
3つずつ同じものが入ったものより、色んなものがたくさん入ったものの方がいいのではと提案するが、なかなか受け入れる様子はない。
それに、すぐに飽きてなくすこはタンなので、あんな小さい哺乳瓶やらおしゃぶりやら3個ずつもあっては、3日ともつとは思えない。

しかしまだクリスマスまで日がある。
なんとか気が変わるよう働きかけているのである。


今日もそんなやりとりをしていたとき、こはタンがふと
「でも本当は、お母さんがサンタさんなんやと思うげん」
と言い出した。

ドッキーン。

こはタンが0歳のときから続けてきたクリスマスのサプライズイベント。
私の仕業であったことがばれていたのか。

母の仕業と思いつつ、喜ぶふりをして、私を喜ばせていたのか。
心優しいこはタンならあり得る。

一瞬の間にそんなことを考え、ドキドキしながら
「え~、お母さんがサンタ?なんで~?」
と聞いてみると、

「お母さん、いっぱい赤ちゃん産んでくれるやろ?こっちゃんそれが一番嬉しいもん。だから、本当のサンタはお母さんや」

と言った。

弟に会えたことを本当に喜んでくれていて、次の赤ちゃんも心から楽しみにしてくれている。
とてもとても満たされているこはタンの心が見えたような気がして、嬉しいし愛しいし、色んな幸せな気持ちがあふれた。

赤ちゃんだったこはタンに一生懸命おっぱいをあげたとき、私は、こはタンの心が満たされますようにと願っていた。
だから私にとって、何よりも嬉しい成長なのだ。

サンタさんから、一足早いプレゼントだった。

サンタさん、成人の私にまでプレゼントありがとう。



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