私は凡庸な主人のもとで凡庸な教育を受けた凡猫である。『吾輩は猫である』のくんほどの明晰な頭脳も、卓越した文才ももちあわせてはおらぬ。この道の先にある大学は、僅かながらも落ち着いたキャンパスを持ち、校舎も、普段であればアカデミックな威風を感じさせる校舎なのであるが、この日ばかりは、キャンパスも校舎も、群れを成す学生達の有り余るエネルギーに圧倒されていた。 いつもは閑静なこの一帯も人で溢れ、門の向こう側は坩堝と化していた。そして時折、奇声、歓声が聞こえ、まさにディオニュソス的な興奮状態であった。表通りまで撤退した私は、元気漲る若人たちの行き交う姿をただ呆然と見送っていた。呆然としている間に、やがてある思いが巡ってきた。「日本の将来は明るい。この元気な若者達が、やがては社会に出て、この活力を原動力に、この国の未来を築き上げてくれる」私は、初めて彼らのことを頼もしいと感じた。
丁度その時である。後ろから何者かが声を掛けてきた。このキャンパスをねぐらにする年老いた野良猫である。
「ちょっと君、見かけない顔だね。身なりからすると飼い猫のようだが?」
「こんにちは、名前は猫吉と申します。しかし随分な賑わいですね」
「私はね、長年ここに棲んでいるが、毎年この時期になると、こうなるんだ。彼らは何やかにやと尤もらしいテーマを掲げてはいるが、実のところは只騒ぎたいだけの事さ。受験勉強のすえにやっと入った一年生は自由を満喫し、将来に希望を見出せない四年生は現実逃避して遊び呆ける。
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